#13 アートのすすめ~『名画を見る眼』/『美術の物語』

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 芸術の秋ですね。マイナーかもしれませんが、わたしは芸術の中では美術鑑賞が好きです。美術館に行くととてもリフレッシュできるし、他では得られない種類のエネルギーを蓄えられる気がします。今日は、美術の理解を深める本を紹介しながら、絵画鑑賞の布教を行っていきたいと思います! 自然と熱が入っていますが、気楽にお読みください。

 といっても、美術鑑賞は難しいもの、堅苦しいものと思われがちです。それに、退屈する人が多いのも確か。よくわからない主題の古い絵を見せられても、何が良いのか困ってしまうことがありますよね。そんな時は、ちょっとした背景知識を入れておくと見方が変わるかもしれません。

 一冊目に紹介するのは高階秀爾氏の『名画を見る眼』。絵が描かれた背景やモチーフの意味、画家の人生などについて触れた、もう古典と呼んでいいような有名な一冊です。

 世界の名画を個々に紹介しながら、その絵に描かれたモチーフなどについて、詳細に解説しながら見ていくスタイルです。西洋古典美術はキリスト教に根差したアイコンや世界観を表現することが多いのですが、そのあたりの知識を補いながら解説してくれます。また、作者や時代の背景を知ることで見逃しがちな細部にも注目するきっかけを与えてくれます。

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アルノルフィーニ夫妻の肖像 ヤン・ファン・エイク 1434年

 たとえばこの夫妻像。フランドルの夫婦を描いた肖像画ですが、この本はまず精緻に描写します。

例えば、画面左手の窓からさしこむ北国らしい鈍い陽の光を受けて輝く真鍮のシャンデリアの硬質な金属的な肌、主人公アルノルフィニの袖なしの長衣を縁どっている毛皮、婦人の頭を覆う白ヴェールのレース飾りなど、思わず手を伸ばして触れてみたくなるほど、なまなましい迫真力を持っている。

 それからこの絵に描きこまれた数々の図像の解読へと展開していきます。

ここにはいろいろなシンボル(象徴)が描きこまれている。例えば、(省略)シャンデリアには、蝋燭が一本灯されている。むろんこれは、この場を照らし出すためではない。一本だけ灯された燭台は、中世以来、「婚礼の燭台」と呼ばれて、結婚のシンボルなのである。

 あるいは、右手の寝台の奥の壁ぎわに置かれた椅子の背の木彫りの飾りがそうである。これは、両手を合わせた聖女マルガレーテの像であるが、聖女マルガレーテは、子宝を待ち望む女性の守護聖人である。彼女の像が新妻の顔のすぐわきに描かれているのは、決して偶然ではない。

 さらに足元の犬は忠節、窓際に無造作に積まれたオレンジはアダムの林檎を想像させて原罪、そして十字架の救いを暗示します。こうして一枚の絵画からその深い背景や宗教的意味まで惹きこまれるように読んでしまうのがこの本の魅力です。

 「名画に実は恐ろしい裏物語が…」というようにセンセーショナルな面に注目した書籍もありますが、わたしが「名画を見る眼」に感じるのは一過性の驚愕や衝撃にこだわることなく、静かに深く絵を読み解く姿勢です。文章が上品できれいなので、知識を無理にインプットしているという感覚なく、学ぶことが出来るのも素敵なところです。

 高階氏は文庫版の「あとがき」でダヴィンチの言葉を引用し、こう語っています。

 レオナルド・ダ・ヴィンチの手記の中に「絵画とは精神的なものだ」という一句がある。この言葉は、さまざまな意味に解釈され得るだろうが、少くともレオナルドが、絵画を単に手先の技術としてのみ捉えず、感覚的、理知的ないっさいのものを含めた全人間的な精神活動と考えていたということは、ほぼたしかであろう。

 突き詰めて言えば、絵画を見る側も感覚だけでなく、理知的なもの一切まで含めた精神活動に参加していることになります。ただ見て綺麗だ、繊細だ、不快だというだけでなく、なぜそう感じるのか、作者はそう感じさせるように描いたのか…などと考えるときりがなくなります。

 ちょっと雑談になりますが、わたしにとっての美術鑑賞は「思考」と「感覚」をすり合わせる体験なのかな、と感じています。日々の生活や仕事ではどうしても「思考」に重点が偏りがちです。どうすれば効率的に作業を進められるかとか、今の方法で成果が出ているかとか。論理的に、客観的に、筋道立てた思考のパターンに陥ってくるという感じ。

 もちろんそれも大切ですが、ずっとその型の中にいると窮屈になってきます。思うがままのフィーリングを受け容れ、もし思考と矛盾してもよしとする。凝り固まってしまった思考パターンを、「感覚」がいとも簡単にひっくり返してくれるのは快感だし、新発見の連続です。世間でもてはやされているはずの絵にあまり惹かれなかったり。全く無名な一枚の前から離れられなくなったり。前評判にも増して心を奪われてしまったり。「頭ごなしの思考」を気持ちよく覆してくれる、「感覚」の反乱なのかなと思っています。これが思考のデトックスなら、美術館に行くことで少しはバランスが良くなるかな。そういう意味での、「すりあわせ」だと考えています。伝わるかな?

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国会議事堂の火災 ウィリアム・ターナー 1835年

 二冊目は、『美術の物語』という本。エルンスト・ゴンブリッジ氏という美術研究の大家が、一般向けに執筆した一冊です。この本、実は数年前にポケット版の日本語訳は絶版となってしまっています…。巻頭カラーの図・写真も充実して2000円台とお値打ちだったのですが、今オークションサイトで買おうとすると5000円はくだりません。わたしも友達に借りて読んでいたのですが、買おう買おうと思っているうちに逃してしまいました。今回は図書館で借りてご紹介しています。

 この本の特徴は、紀元前から現代にいたるまでの美術史を「物語」のようにひと繋がりの流れとして語っているところです。

 美術の様式には時代ごとに傾向やトレンドがあり、ゴシック、ロマネスク…などの名前がついています。(それが美術の敷居を上げているところもありますが、)そのようなスタイルの変遷がある意味歴史のように必然的に、前のものを受けて次のものが生まれる形で移り変わってきたことをとらえることが出来ます。

 ゴンブリッジ氏は序文の中で、この本は美術の道案内となる物語として読んでほしいと言った上で、読者についてこう想定しています。

この本を書きながら私がとくに念頭に置いていたのは、美術の世界を自分で発見したばかりの十代の読者だった。しかし、若者向けの本だからと言って、大人向けの者と書き方を変える必要などまったくない。若者こそもっとも厳しい批評家であって、偉そうな言い回しをしたり、わざとらしく感心してみせたりすれば、たちまちソッポを向かれてしまう。

 平易な言葉遣いで流れるように綴られているので、次へ次へとページをめくって進みたくなるような本です。

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愛の歌 ジョルジョ・デ・キリコ 1914年

イタリア人を両親にもつギリシャの画家ジョルジョ・デ・キリコ(1898-1967)の野心は、人が思いもかけない絶対の不思議に出会った時、どんな奇怪な感覚に襲われるかを絵にあらわすことだった。彼は、現実を再現する伝統的な表技法をそのまま使って、壮大な古典彫刻の頭部と巨大なゴム手袋を廃墟の都市に並べ、それを《愛の歌》と名づけた。

 ベルギーの画家ルネ・マルグリッド(1898-1967)は、この絵の複製を初めて見たときの感想を、のちに、こう書きとめている。「芸術家とは、才能と名人わざと、あれこれちっぽけな美学的特質の虜にすぎない。キリコの絵に示されているのは、其処からの完全な断絶である。そこに新しいヴィジョンが生まれた……」。

 時代が前後しますが、美術史の中でわたしが面白いなと思うのは、「盛期ルネッサンス」の次に「マニエリスム」が登場したこと。「ルネッサンス」は三次元的な立体感や奥行きを重視し、いわば一番「現実の目で見るのに近い、リアルな」表現が特徴です。たとえばこんな感じ。

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最後の晩餐 レオナルド・ダ・ヴィンチ 1495-1498年

 しかし「写実的で構図の完璧な」美術スタイルが確立されても、そこで終わりではありません。次の時代になると、人物の手足や顔を現実ではありえはいほど長く引き伸ばし、誇張して描く「マニエリスム」が発生してきます。

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長い首の聖母 パルミジャニーノ 1535

 こんな風に、滞ることなく移り変わるのが美術の歴史の興味深いところ。

1520年代、イタリアの美術通たちはみんな、絵画は完成の域に達したと考えたらしい。実際、ミケランジェロラファエロティツィアーノやレオナルドなどは、画家たちがそれまで目指してきたことを達成してしまったのだった。(中略)実際、同時代の風潮に疑問をもつ若者も少なくなかった。そもそも芸術が行き詰るなんてことがあるのか? なにをやっても前時代の巨匠を超えられないというのは本当なのか?

(中略)彼らはこう言いたかったようだ―たしかに巨匠たちの作品は完璧だ。しかし、完璧なものも時間が経てば飽きられるし、慣れてしまえばインパクトもなくなる。自分たちが目指すのは、人をはっとさせるようなもの、意外なもの、前代未聞のものだ―。 

 知識と感覚、どちらかだけでは十分に楽しめないと思うから、その二つの相互作用が働いていつもでは湧かない発想や感情が生まれる絵画鑑賞。好き勝手書きましたが、絵画の楽しみ方は人それぞれです。興味が湧いてきたら、深いことを考えずにふらりとギャラリーへ足を運んでみるのがおすすめです。今日も読んでくださってありがとうございました。

~今日のおまけ

 わたしが全力でおすすめする子供向けアート絵本「小学館あーとぶっく」シリーズ。堅苦しいことなしに、色や形の面白さを感覚でとらえることを教えてくれます。それから、ところどころ「なぜだと思う?」と問いかけてくるのも魅力。モネの積みわらを色塗りしたり、マティスの切り絵に挑戦してみたりするうちに、美術が好きになるはず!

蛇足:今年、美術検定の2級を受けてみようと思います!