#4 桜花~『桜の樹の下には』/『桜の森の満開の下』

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 今年、関東の桜は早く咲き、早く散ってしまいました。日本人は古くから、桜という花が特別を存在と考え、様々な感情を重ねてきました。桜前線なんて言って、お花の開花状況を天気予報で報じるのは、日本くらいかもしれません。それくらい桜の花に執着し、一喜一憂し、心を奪われる。

 儚さや命の短さ、一瞬の情熱とも結びつけられる桜ですが、今回取り上げるのは桜の花と狂気です。一斉に咲く桜の花が美しいあまり、昔から人の気を迷わせるものとして、妖しいもの、畏れるべきものと思われた側面もありました。普段は何の木なのか気にも留めなかった街路樹が、春になると一度にほころび、さくらだったのだと気づく。桜の樹に囲まれると、なんだか天地や方向、道理の感覚をうしなってしまうような、いつもと違う気持ちになってしまうのもわかる気がします。

 

 一冊目は『桜の樹の下には』。梶井基次郎による、二ページほどの短い小説です。全集などにも収録されているほか、現在はkindle青空文庫でも読むことができます。

桜の樹の下には

桜の樹の下には

 

 熱に浮かされたように一息にまくしたてる冒頭は有名です。

桜の樹の下には屍体が埋まっている!

これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかし今、やっとわかる時が来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

 桜の花のあまりの美しさに、心穏やかにはいられず、美しいがゆえの焦燥や不安に掻き立てられてしまう。花がこれだけの影響力を持つのだから不思議ですが、この感情に少し共感できてしまうのもわかります。『俺』は桜の樹の下に屍体が埋まっていると「信じる」ことで、大いに納得する。そうでもしないと、あまりの美しさが不安で仕方ない、という気持ち。

この溪間ではなにも俺をよろこばすものはない。うぐいす四十雀しじゅうからも、白い日光をさ青に煙らせている木の若芽も、ただそれだけでは、もうろうとした心象に過ぎない。俺には惨劇が必要なんだ。その平衡があって、はじめて俺の心象は明確になって来る。俺の心は悪鬼のように憂鬱に渇いている。俺の心に憂鬱が完成するときにばかり、俺の心はなごんでくる。

 うすばかげろうの死体は玉虫色に光る水になる。桜もきっと、根の下に死体を抱え込んでいるからこそ美しいのだと、『俺』は「信じる」。そう思わなければ、説明のつかない桜の美しさは、この人物を圧倒してしまうのでしょう。

 たったいま見出した「真理」のようなものを、あせって友に報告するような口ぶりが印象的です。ただ落ち着いてはいられない、いつもどおり冷静とはいかない、桜による人の惑いが良く伝わってきます。

 短い作品から抜粋して引用するのはなかなか大変。青空文庫などを開いて、ぜひこの際読んでみてください。読み終えるのに、五分もかからないはずです。

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 二冊目は坂口安吾の『桜の森の満開の下』です。伊勢物語を思わせるようなお話で、こちらも通勤や待ち時間の合間にさっと読める長さです。

桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫)

桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫)

 

  山賊をも惑わせる満開の桜の森。

 花の下では風がないのにゴウゴウ風が鳴っているような気がしました。そのくせ風がちっともなく、一つも物音がありません。自分の姿と跫音(あしおと)ばかりで、それがひっそり冷めたいそして動かない風のなかにつつまれていました。花びらがぽそぽそ散るように魂が散っていのちが段々衰えていくように思われます。

 血も涙もなく、旅人を襲っては身ぐるみをはぎ容赦なく斬り捨ててきた山賊にしてみても、満開の桜の下は普段と様子が違って恐ろしい。ある日、山賊の男は通りかかった男を襲い、その美しい妻である女を奪います。

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 女はただの女ではありませんでした。山賊の男のもとにいた七人の妻を、一人を残してみんな男に殺させ、都へ住まいを移すと、男が盗みに入った邸宅の住人の首を欲しがるようになります。男は女の不思議な魅力に取りつかれ、女がままごとの「首遊び」に興じるかたわら、夜な夜な無為に人をあやめる日々。とうとう女を振り切らなければと心を決め、女をおぶって桜の下を、もとの山中の家へ戻ろうとします。

男は満開の花の下へ歩きこみました。あたりはひっそりと、だんだん冷めたくなるようでした。彼はふと女の手が冷たくなっているのに気づきました。俄に不安になりました。とっさに彼には分りました。女が鬼であることを。突然どッという冷たい風が花の下の四方の涯から吹きよせていました。

 背筋の寒くなるような、美しいけれど恐ろしい描写です。

桜の森の満開の下』は、野田秀樹さんの作・演出で舞台化され、シネマ歌舞伎として映像化もされています(キャストの歌舞伎俳優陣が豪華)。予告編では、ステージ上に桜の花びらを散らし、鬼の狂気をお面で表しているのがわかります。女が我に返る場面なのか、鬼の面がはたと落ちて女の美しい顔に戻るという演出が印象的です。いずれ見てみたいと思います。

野田版 桜の森の満開の下 | 作品一覧 | シネマ歌舞伎 | 松竹

  余談ですが、鬼のお面って人間離れした恐ろしい形相をしているのに、それが人間の表情と重なると、切ないような、やるせないような、そこはかとない人間らしさを孕んでいるように見えて奥深いと思います。能面や歌舞伎の隈取りもそうですが、誇張された表情や形式化された感情表現の中に、誰もがもっている世俗のさまざまな「思い」が包含されている気がしてきます。

 

 桜と能といえば、靖国神社では毎年四月初旬に『夜桜能』が催されています(わたしも実際には行ったことがないのですが…)。 夜間にかがり火を焚いて披露する能は宗教行事としての歴史が長いようです。暗闇に能楽堂が浮かび上がるという舞台の設定は、余分な背景を視界から隠すことで、要素をそぎ落とした能の世界観にひたるのにふさわしい空間になっている気がします。


~おまけ

 満開の桜と異世界とのつながりというテーマで思い出すのはジブリの『かぐや姫の物語』。さくらいろの着物を羽織って、満開の花の下を嬉しそうに舞うかぐや姫の姿が心に迫ってきます。今日も読んでくださってありがとうございました。

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